もういくつねると・・

って言うくらい半年があっという間に過ぎてしまった💦。

何もせずに過ごしたような半年。

罪悪感さえよぎる。

昨日は術後2回目の診察で病院へ。

少しだけ薬が減らされた。

ゆくゆくは もう少し減るらしい。

7月後半には何とか卓球を再開したいと願う。

無理せずボチボチと。

2023年5月31日 (水)

慣例的儀式?

夫の手術は成功。

今朝8時に立ち会いという名の召集。

あてにしてなかった息子も来てくれた。

夫は看護師さんと並んで「じゃあね」と手を振って歩いて手術室へ。

息子と私は「がんばってね!」と見送る。

コレが立ち会い?。えっ!コレで終わり?。(必ず8時前に来るようにとの事で、朝 家を出たのは6時。息子は駅近くのホテルに泊まったらしいというのに。。)

それから待たされること8時間。

おかげで息子とは久しぶりに会話が出来たけど。

チョット朝食を と思い、看護師さんに外出を願うと

何があるかわかりませんので、病院から外には出ないで下さい!ですって。

予定では手術は5時間かかると訊いていたので、6時間を過ぎた頃から段々不安になって来た、その時 myスマホに病院から着信が!。

てっきり今 夫がいる病院から と思い込み

「今、Tel 大丈夫ですか?」に

私「はい!4階のロビーにおります。」

「明日は来られますか?」

私「えっ!明日も何かあるのでしょうか?。」

もう私の脳内は混乱状態⁉️。

実は、本日 私は通院日の予定だったが、Telでキャンセルをしている。

それでDr.わざわざTelを下さったという事のようだ。

今回は、同時期に別の病院で手術というイベントが重なり、2人共お互いの病院に呼び出されたり。。

大学病院と総合病院の違い?・・色々ありますねぇ!。

何はともあれ、ICUに無事移ったという報告を受けて帰宅したのは19時。

つかれた・・。

2023年4月 8日 (土)

手術を勧められ。

先週の診察日、やはり脈拍数が不安定らしく、Dr.は「カテーテル手術」を勧める。

順調に回復していて『全快です』と言われる事を期待してたのに・・。

不安を抱え、毎日てんこ盛りの薬を飲んで暮らすのもネ・・。

次の診察日にはハッキリ返事をして、再入院を覚悟。イヤだなぁ。

あとで気づいたが、チーム戦の日と診察日が重なってしまった⁉️。

チームのメンバーには「診察日は簡単に変えられなくて」と言ったら

皆さん『そちらが大事ですから、試合の事は気になさらず!』と言ってくれた。

出来る事なら試合はスルーしたい気分もあったので、今回は病院の流れに任せる事にしようと思う。

2023年3月20日 (月)

退院、その後、、

結局、持病の喘息がどう影響したのか?、よくわからないが、診断名は『急性心不全・肺水腫』

不整脈がきっかけで起きた症状だというが、まさか心臓が⁉️。

溺死寸前の身体は、水分摂取量は制限され、点滴に繋がれ、息苦しさは酸素吸入に助けられて生還した。

肺炎が長引き、結局24日間の入院を経て"一時退院"となった。

息苦しさと脈拍の乱れがあるため、通院と服薬で様子を見ている状態。

焦る気持ちを抑えて歩くリハビリに努めている。

日々回復していることを感じるが、階段はまだかなりキツい。

退院して既に50日。いつになったら元通りになるのだろう?と不安もある。

卓球は属しているひとつは休部を申し出。あとひとつは『解散』となった。

世話役を引き継ぐ人がいないのでやむなし。

4月になったらボチボチラケットを振りたいと思っているので、来週からウォーミングアップ開始!。

『動かない卓球』を目指して。


18日、体育館全面を予約。

TIBHARのGCさんを招いてのイベントが無事終了。

無理のない範囲で参加。

楽しい一日でした。

2023年1月17日 (火)

緊急入院とは!

じっと安静にしていれば呼吸困難も起こらず・・。

だが、成人の日を含む3連休が不運だった。

7、8、9日と経過して行くうちに呼吸困難は酷くなるばかり。

連休が明けるのを待ち詫びるように10日朝、タクシーでクリニックへ。

受付に着くなり、私の様子を見て すぐ中へ通され、X線撮影。

先生ビックリ!「緊急入院!。すぐ病院を探すから、旦那さんすぐ呼んで!。外来閉めて!。」

これからが大変でした!。

次々と断りの電話。受入先が見つからず、「救急車を呼んで!」

「先生、救急車は電話が繋がりません。」そうしているうち中野区の総合病院からOKがあった。夫も到着。

「じゃ、そう遠くないのでタクシーにしましょう。」

かくして私の入院生活が始まった。

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